第一原理計算による検討3

実は、シリコン原子が酸化中のシリコン酸化膜/シリコン界面から発生して放出されるという現象は、実験では良く知られている現象です。

一つは、酸化増速拡散(Oxidation Enhanced Diffusion, OED)・酸化減速拡散(Oxidation Reduced Diffusion, ORD)という現象です。シリコン基板の結晶中には、主に電気的性質を制御するために、シリコン以外の原子がごく微量ながら意図的に混ぜられています(これらの原子は不純物と呼びます)。不純物原子はシリコン基板を熱することで動き回ります(拡散します)が、シリコンを酸化していると、シリコン酸化膜/シリコンの界面に近いほど拡散しやすくなったり(酸化増速拡散)、逆に拡散しにくくなる(酸化減速拡散)ことがわかっています[1]。拡散しやすくなるか、しにくくなるかは不純物の種類によりますが、このように酸化増速拡散・酸化減速拡散が起こるのは、シリコン酸化膜/シリコン界面から放出されるシリコン原子(格子間シリコン原子)の影響だと考えられているのです。

もう一つは、酸化誘起積層欠陥(Oxidation-induced Stacking Fault, OSF)という現象です。シリコンを急速に酸化すると、シリコン基板の結晶中に結晶構造の乱れ(積層欠陥)が生じます[2]。この結晶構造の乱れを詳しく調べてみると、余計なシリコン原子が割り込んでできたものであることがわかります。この余計なシリコン原子は、さきほどと同様に、酸化反応中のシリコン酸化膜/シリコン界面で作られた格子間原子だと考えられています。

このような実験結果と第一原理計算による検討結果を合わせて考えると、シリコンの酸化中にシリコン酸化膜/シリコン界面から余分なシリコン原子が放出されることは確かであると考えられます。では、放出されたシリコン原子は、シリコン基板の結晶中に放出されるだけなのでしょうか?

そこで再び第一原理計算を使って、可能性を検討してみます[3]。

計算結果は、放出されたシリコン原子がシリコン基板の結晶中に行って格子間原子になるのは、エネルギー的に極めて損(4.9eVの吸熱反応)であることを示しています。一方、放出されたシリコン原子が酸素(O2)分子と反応してシリコン酸化物であるα水晶になるのは、エネルギー的にとても有利(11.01eVの発熱反応)であることを示しています。つまり、放出されたシリコン原子は、シリコン基板の結晶中ではなく、酸化膜中へ拡散し、そこで酸化反応を起こしてシリコン酸化膜に取り込まれるものと考えられます。

また、単純にマクスウェル分布と1000℃程度の温度を仮定すると、格子間原子になる確率はシリコン酸化膜に取り込まれる確率の10の-64乗倍です。実験的にシリコン基板の結晶中で格子間原子が確認されていることを考えると、極めて大量のシリコン原子がシリコン酸化膜中に放出されて取り込まれているものと結論できます。

参考: [1] K. Taniguchi, K. Kurosawa, and M. Kashiwagi, J. Electrochem. Soc. 127, 2243 (1980): T. Y. Tan and U. Gösele, Appl. Phys. Lett. 40, 616 (1982): S. Mizuo and H. Higuchi, J. Electrochem. Soc. 130, 194 (1983).

        [2] S. M. Hu, Appl. Phys. Lett. 27, 165 (1975): T. Y. Tan and U. Gösele, Appl. Phys. Lett. 39, 86 (1981).

        [3] H. Kageshima and K. Shiraishi, Phys. Rev. Lett. 81, 5936 (1998).