第一原理計算による検討1

初期増速現象を解明するためには、シリコンの酸化機構をもう一度再検討する必要があります。Deal-Groveの式を導いた簡単な理解では、(1) 酸素の酸化膜中の拡散と、(2) シリコンとシリコン酸化膜の界面における酸素とシリコンの化学反応、の二つの過程で説明できるとしていましたが、この見方では大雑把過ぎるものと考えられます。

そこで第一原理計算の助けを借りて、調べてみることにします。そのためには、まず原子のスケールで、シリコンの酸化がどのように起こるのかを考えてみないといけません。シリコンの結晶では、一つのシリコン原子(Si)はsp3混成軌道の4本の共有結合を持っていて、その共有結合それぞれによって隣のシリコン原子とつながっており、シリコン原子は4配位になっています。一方、よく知られたシリコン酸化物SiO2の結晶では、シリコン原子はやはり4本の共有結合を持っていますが、その結合相手は酸素原子(O)です。酸素原子の方は2本の共有結合を持っているため、ちょうど二つのシリコン原子を架橋するような構造(Si-O-Si)になっています。このことから、シリコンを酸化してシリコン酸化物にするという現象は、シリコン原子とシリコン原子の共有結合に酸素原子が割って入って、Si-O-Siという架橋構造を作る過程であると想定することが出来ます。

そこで、シリコン表面を用意し、表面からシリコン原子とシリコン原子の共有結合に酸素原子を割り込ませて、Si-O-Siに一つずつ替えて行って見ます。

n=8 でちょうど表面2原子層がシリコン酸化物に変わったことになります。さて、このとき、酸素の持つ二つの共有結合のなす角度∠Si-O-Si がどうなっているのかを調べてみます。

割り込ませた酸素原子の数n が増えると共に角度∠Si-O-Si が小さくなり、120°程度になることがわかります。一方、シリコン酸化物の結晶で自然界に存在し最も安定であるのは水晶(α-quartz)で、この水晶の場合の角度∠Si-O-Si は144°です。角度がずっと大きいことがわかります。

また、ここで求まったn=8 の原子構造は、自然界に存在するシリコン酸化物の結晶のαクリストバライトと同じ原子構造ですが、体積を比較すると28% もαクリストバライトより小さくなっています。

これらの事実は、ここで計算して得られたシリコン酸化物が、自然界のものよりも圧倒的に圧縮されていると言うことを示しています。これほどに圧縮されたシリコン酸化物が実際に現実に存在するとは考えにくいので、ここで試したシリコン酸化過程、ただただシリコン原子とシリコン原子の間に酸素原子を割り込ませるという過程、は現実ではあり得ないと言うことになります。

では、何が間違っていたのでしょうか?

参考: [1] H. Kageshima and K. Shiraishi, Phys. Rev. Lett. 81, 5936 (1998).