界面シリコン原子放出機構の発見が産業界に与えた影響

界面シリコン原子放出機構の発見の契機は、シリコンの集積回路デバイスMOSFETの研究開発において、スケーリングによって膜厚が減少したゲート絶縁膜をどのように原子スケールで制御性良く作るかというものでした。ゲート絶縁膜はシリコンの熱酸化によって作られたシリコン熱酸化膜でした。しかし、その後スケーリングはさらに進み、もはやゲート絶縁膜をシリコン熱酸化膜で作り続けることが困難であることがはっきりしてきました。ゲート絶縁膜の物理的な膜厚が薄くなりすぎて、ゲート電極とチャネルの間にトンネル効果によってリーク電流が流れるようになってしまうためです。リーク電流が流れてしまうと、MOSFETとして期待される動作はできなくなります。MOSFETの基本は、MOS構造によって作られる電界効果であり、この効果はMOS構造の電気容量に依存します。そこでゲート絶縁膜を高い誘電率を持つ材料で作り、MOS構造の電気容量を低減する一方で、ゲート絶縁膜の物理的な膜厚を維持して、トンネル効果によるリーク電流を抑制することになりました。このような高い誘電率を持ったゲート絶縁膜をhigh-k膜と呼びます。

high-k膜の研究開発に当たり様々な材料が検討されましたが、シリコンとの界面形成の材料学的な要請から、金属酸化物に対象が絞られました。そうした金属酸化物はシリコンの上に原子層堆積法(ALD)によって形成されることになります。

そんな中、困った問題が発生します。high-k膜の重要な候補であるジルコニウム酸化物膜をシリコン表面に堆積すると、均一なジルコニウム酸化物膜ではなく、なぜか表面の方にシリコンが濃く混ざった不均一な膜が形成されてしまう事がわかりました[1]。単に、シリコン表面にジルコニウム酸化物膜を堆積しただけであり、特に細工を施した訳ではないのに、です。

しかし、界面シリコン原子放出機構を知っていると、こうなった理由がすぐに思いつきます。それは、ジルコニウム酸化物膜をシリコン表面に堆積したとき、ジルコニウム酸化物膜中の酸素がシリコンと反応してシリコン酸化物を作る、つまりシリコンの酸化反応が界面で起こったと考えるのです。シリコンの酸化反応が起こると、界面からシリコン原子が放出されるはずです。この放出されたシリコン原子がジルコニウム酸化物膜を突き抜けて表面までやってきたと考えれば、この不思議な現象は理解できます。

そうすると、対策もすぐに思いつきます。実際のhigh-k膜の作り方は次のようになりました[2]。まずシリコンの表面を少し酸化しておきます。これでhigh-k膜を堆積したときに、直接シリコンとhigh-k膜中の酸素が反応を起こさなくなり、シリコン原子が界面から放出されるのを防ぎます。次に、high-k膜中に最初からシリコンを混ぜ、純粋な金属酸化物でなく、シリケートというシリコンの混ざった酸化物とします。これで、high-k膜中に余分なシリコンが混ざって、界面で酸化現象を起こすのを防ぐと共に、不均一になるのを防ぎます。そして、最後にhigh-k膜に窒素を混ぜます。これで、high-k膜の熱的安定性を高め、シリコンの拡散を防ぐのです。

このようにして開発されたhigh-k膜は、その後集積回路に実装され、量産され、製品として販売されました。つまり、 界面シリコン原子放出機構がわかっていたことが、製品開発を直接加速したのです。第一原理計算が産業界に影響を与えたのです。

参考: [1] H. Watanabe et al, APL 81 (2002) 4221.

    [2] 奈良、応用物理 76 (2007).