研究プロジェクト


1.ヒッグス


 ヒッグス粒子の質量が約125GeVで発見されたことは、世界中の研究者にとって衝撃でした。トップ・クォークの質量の大きさが約170GeVであることを考えると、ヒッグス・ポテンシャルが重力のスケールであるプランク・スケールで消滅する可能性を示唆するからです。これは、未知の量子重力理論のヒントである可能性があります。また、ヒッグス粒子は万物の質量の起源になる相転移を引き起こしますが、そのダイナミクスは全くわかっていません。この2つは標準模型を超える新しい物理の重量なヒントであると考えられます。当センターでは、この2つを鍵に様々なアプローチで独創的な研究に取り組んでいて、世界初の多くの成果をあげています。



2.ニュートリノ



 ニュートリノは、物質とほとんど相互作用しない素粒子で、私たちの体や地球さえも貫通します。一方、ニュートリノは原子炉や太陽内部で大量に生成され、宇宙線と大気の衝突からも生じており、私たちの周りで絶えず飛び交っています。ニュートリノはごく稀に相互作用を行い、電子やその仲間であるミュー粒子、タウ粒子に変化します。電子・ミュー・タウのどれに変化するかによって、ニュートリノは電子型・ミュー型・タウ型の3種類に分類されます。長年、この型は変化しないものと考えられてきましたが、梶田隆章氏らの研究により、1998年、ニュートリノの型が時間経過とともに移り変わることが証明されました。この移り変わりは、ニュートリノが極めて小さな質量(電子の0.000001倍以下)を持つことに起因します。ニュートリノの質量はなぜ特別小さいのか、型の間の混ざり合いに規則性はあるのか、といった問いに答えるべく理論研究が進められていますが、決定的な説明は今のところ存在しません。当センターでは、ニュートリノのこうした謎に答える理論を構築する研究と、その理論をニュートリノの移り変わりの精密測定等を通じて検証する方法の研究を並行して行い、多くの業績を挙げています。




3.物質・反物質非対称性


 私たちや地球、宇宙の天体は全て物質からできています。ですが、素粒子理論には反物質(反粒子)も登場します。実際、宇宙線の中には反物質が含まれていますし、加速器で人工的に反物質を作り出すこともできます。では、なぜ私たちの宇宙は物質ばかりで構成されていて、反物質は上記のようにごく稀にしか登場しないのでしょか。宇宙の初期に初めから物質があった、という説明は、先ほどのインフレーションを考えますと、物質が宇宙の急激な膨張で薄まってしまうため、困難があります。この物質・反物質非対称性を解く鍵は、物理法則の非対称性にあります。自然界の法則は(物質と反物質の入れ替え)+(空間の反転)に対してほぼ対称ですが、この対称性はわずかに破れています。これを「CPの破れ」と呼びます。CPの破れのおかげで、インフレーション後のある時期、宇宙で物質のみが生き残り、反物質は消滅してしまったと考えられます。ですが、具体的にどのような過程を経て物質が生き残ったのかに関しては諸説あり、決め手は今のところありません。また、多くの説では、現在確認されている以外のCPの破れがあることが仮定されていますが、その実験的検証は今後の課題として残されています。当センターでは、新たなCPの破れがある場合に、それを加速器等の実験で発見するための研究を行い、世界の第一線の研究者たちから賞賛される見事な成果を挙げました。また現在、物質が生き残るメカニズムとニュートリノとを関連づける研究を進めています。




4.初期宇宙のインフレーション



 近年の宇宙観測から、137億年前、宇宙が「インフレーション」と呼ばれる急激な膨張を起こしたことが有力視されています。その時重要な役割を担ったのが「インフラトン」と呼ばれる素粒子です。このインフラトンが全宇宙で「凝縮」したことで、宇宙が真空エネルギーに満たされ、それが急激な宇宙膨張を引き起こしました。その後、インフラトンは別の素粒子に崩壊し、そこから星々や私たちを構成する全ての物質が生まれました。ですが、このインフラトンがどのような素粒子であったのか、私たちが現在知っている素粒子の一つあるいはその仲間なのか、全くわかっていません。当センターでは現在、インフラトンが「超対称性」と呼ばれる自然界の隠された対称性と関連していると考えて、研究を進めています。すでに、先ほどのニュートリノの仲間と超対称性の関係にある「スニュートリノ」がインフラトンである、という理論を詳細に解析して、成果を挙げています。





5.余剰次元の検証


 最新の素粒子理論では、私たちの体験する時間1次元・空間3次元の他に、未知の「余剰次元」が存在する可能性が議論されています。この余剰次元が普段見つからない理由には、二つ説があります。一つは、余剰次元は小さく丸められていて、私たちはその中の一番低い振動モードであり、より高い振動モードの粒子を見るには人類が作れないような巨大な加速器が必要である、という説です。二つ目は、余剰次元の中の膜に私たちは閉じ込められていて、余剰次元の存在を感知できない、とする説です。ですが私たちは、いずれが真実でも、余剰次元の存在を実験で確かめる画期的な方法があるのではないか、と考えます。ヒントは、strong CP問題と呼ばれる現代物理学の未解決問題です。これは、陽子・中性子や原子核が電荷の一方向の偏り(電気双極子モーメント)を持たないのはなぜか、という問いです。波場研究室は、この問題は空間が3次元である場合に特有であり、余剰次元があれば解決される、つまり電荷の一方向の偏りが存在しないことが自然に導かれる、ことを具体的に示しました。未解決の謎であったstrong CP問題は、実は余剰次元の証拠かもしれない、ということです。また、当センターでは、量子力学の干渉効果を利用して、重力の余剰次元方向への「浸み出し」を測るための研究も進めています。